最終学歴「中卒」のド底辺がパソコン1つで起業した「理由」と「経緯」。

 

初めまして。このブログ管理人の早川と申します。

 

福岡県出身の24歳で、
チャームポイントはパッチリ二重のお目目です。

 

僕自身、ほんの数年前までは現場仕事で
ヒーヒー言いながら働いていたんですが、

今現在は「たったひとり&PC1台」で起業し、
金銭的にも時間的にも「余裕」がある、
それなりに自由な生活を送っています。

 

収益は毎月100万〜200万ほど(利益です)。

最高月収は375万円を達成しました。

 

▼収益の一部▼

(※後から理由を伝えますがこの実績は別に信用しなくてOK)

 

今のライフスタイルは本当に
「自由(というかワガママな子供w)」そのもので、

 

夜更かししまくって目覚ましもかけず朝方に寝たかと思えば、
昼過ぎにダラダラ起きて、仕事したけりゃ仕事するし、
遊びたかったら遊びに行って、
好きな人たちとお酒飲んで目覚ましもかけずに寝る・・

 

というような自分に甘いライフスタイルを現在進行形で満喫中です。

 

早川のライフスタイル

 

本当に「自分のやりたい事」ばっかりやっちゃってる感じです。

 

このように僕がお金にも時間にも余裕のある、
ワガママライフを送れている理由は至ってシンプル。

「インターネットを使ったビジネスで起業したから」です。

 

■当時の個人事業開業届出書(控え)

■当時の青色申告承認申請書(控え)

 

インターネットを活用したビジネスであれば、
パソコンとネット環境さえあればどこでも仕事できますし、
「仕組み任せ」に収益を稼ぎ出す事も可能。

 

だからこそパソコン1台で、
100万円を超える収入を毎月稼ぎながら、
好きなことばっか
出来ているわけですね。

 

しかし、僕の最終学歴は「中卒」で、
持っている資格は「運転免許」のみ。

また、「特別な才能」があったわけでも、
「卓越したビジネスセンス」があったわけでもありません。

 

どう考えても「凡人以下」で何の取り柄もない人間でした。

 

そんな僕がなぜ、PC1台で起業して、
今の経済的な自由と時間的な自由を手に入れる事ができたのか。

 

人に話すと大体びっくりされるので、
その具体的な「理由」と「経緯」を、
波乱万丈な僕の生い立ちと共にお伝えします。

 

 

17才の時に母親の遺書を見つけました”

 

ただただ衝撃の一言でした。

12才の時に両親が離婚し、自分と兄は母親の方に。

 

その時はまだ将来の事など何も考えておらず、
友達と遊ぶ事しか考えていないクソガキだったので、
高校には行かず中学を卒業してすぐに働きだしました。

 

もちろん中卒で何の資格もないわけですから、
まともな会社に就職できるはずもありません。

 

周りが高校で学生生活を満喫している中、
僕は直射日光の下で汗だくになりながら、
「足場鳶」や「建築板金工」と呼ばれる仕事をやっていました。

 

足場鳶や板金工をやっていた早川
(この時、仕事中に足場の上で寝るという偉業を成し遂げてハゲの職長がびっくりしてました。)

 

ただ、僕と一緒に母親についていった兄が、
全く働かずに家の金を「酒代」で食いつぶしていくので、
生活がどんどん苦しくなっていき、
母親が僕に内緒で借金をするようになりました。

 

しかし、例え借金でその場限りのお金は作れても、
その借金を返す「アテ」なんかあるはずがありません。

 

ですから、母親はそのストレスから酒に逃げ、
しまいにはアル中になってしまい、仕事を辞めました。

 

ここから僕の人生は崩れ始めたように思います。

 

“家族の中で働いているのが当時17歳の僕だけになりました。

 

毎日毎日、朝早くに起きて作業着に着替えている横で、
仕事をしていない母親と兄が朝っぱらから2人で酒を飲み、
酔っ払っているたびに頭がおかしくなりそうでした。

 

そんな生活が毎日続いていくわけですから、
僕自身もとうとう我慢できないようになり、

「そんなに飲みたいなら飲め。」

と母親の頭からビールをかけ、首をしめたこともあります。

 

我慢の限界がきて、
家中のテレビや窓ガラスを破壊した事もあります。

 

僕自身、それだけ「苦しかった」んですよね。

 

昔は、どちらかと言えばカッチリとした母でした。

 

僕がしょうもない事をして警察に捕まった時も、
何回も警察署に迎えに来て叱ってくれましたし、
人一倍責任感の強い子供思いの母親でした。

 

しかし、そんな母親が毎日酒に入り浸った結果、
昔の母親からは想像もできないくらい
「頭がおかしく」なってしまったんですよね。

 

借金まみれなのにも関わらず、
酒を飲まないと体が震える禁断症状が出るようになり、
1日中ご飯を食べずに安酒ばっかり飲んでるんです。

 

そんな生活を毎日送っている母親の身体は気付けば、

「頬と体はガリガリに痩せ細りお腹だけポッコリと膨れ出る栄養失調の体型」

になってしまってました。

 

末期の頃には夜な夜なベランダから
下着姿で家を抜け出し、
警察に不審者扱いされて
帰ってきたりする事もありました。

 

その頃の母親はもう普段の会話も噛み合わず、
同じ事を何回も繰り返す「痴呆症」の症状さえ出ていて、
そこに昔の母親の姿はありませんでした。

 

 

そしてある日僕がリビングのこたつでくつろいでいると、
たまたまリビングのテーブル上に置いてあった、
漫画と漫画の間に挟まっていた「1枚のメモ用紙」が目に入りました。

 

なんとなく目を通してみると・・・

 

母親の遺書でした。

 

そんな物騒なメモ用紙を、
家族団欒を描いたクッキングパパに挟むセンスに脱帽です。

 

その遺書に書かれてあったのは、

「僕達兄弟1人1人に向けられたメッセージ」

のようなもの。

 

僕の名前の下には、

「迷惑ばっかりかけてごめんね。」

と書かれていました。

 

その遺書を目にした途端もう何もかもが嫌になり、
とにかくこの家に居たくないと思いました。

 

そしてちょうどその頃、家の電気と水道が止まってしまい、
いよいよどうしようもなくなったので、
中学の時に離婚した父親の家に転がり込みました。

 

その時も母と兄は相変わらず「酒浸り」の生活を送り、
僕の辛い気持ちなんて理解してくれてなかったと思います。

 

おそらく、その電気代や水道代も、
また「借金」をして払ったんでしょう。

 

その転がり込んだ先の家で
じいちゃんとばあちゃんと父親は良くしてくれましたが、
あまり長い間迷惑はかけられないと思い、
1人で東京に行こうと決意しました。

 

なぜ東京に行こうと思ったのか?

 

それは、東京には経済的な成功を収めている人が多く、

「こんな僕でも東京に行けば何かキッカケを掴めるかもしれない」

と思ったからです(子供の考えです)。

 

この時に飛行機にすら1度も乗った事のない、
18歳のクソガキが、
「人生を変えるキッカケ」を求めて
東京へ旅立つ事を決意したのです。

 

東京での就職先が決まって東京へと旅立つ前日の夜。

 

酔っ払った父親が急に部屋に入ってきて、

「がんばれよ。」

とただ一言いって2万円くれたのが、
妙に嬉しかったのを覚えています。

 

今思えば、不器用な父親なりに、
酒の勢いで絞り出した言葉だったのだと思います。

 

そしていよいよ、その次の日に、
友達に見送ってもらいながら、
飛行機で東京に旅立ちました。

 

 

東京ではトラックを作る工場で働きました。

 

仕事はめちゃくちゃハードでしたが、
給料がそこそこ良かったので頑張ろうと思えました。

 

しかし・・・

 

一ヶ月も経たないうちに父親が亡くなったと電話がありました

 

工場での夜勤終わりの朝方、
布団の中で親戚からその電話を受け取りました。

 

眠気まなこで電話に出ると、

「あんた、○○(父親の名前)が今日亡くなったよ!!」

と大きな声で親戚のおばちゃんに言われ、
その時とっさに出た僕の最初の一言は「・・なんで?」でした。

 

「良いから今から出来るだけ早く帰っておいで!」

と言われ、そのままバタバタ身支度をして新幹線で帰りました。

 

夜勤明けでまともに寝てないにも関わらず、
動揺して東京から福岡に着くまでの約5時間、
一睡もできなかった事を覚えています。

 

小さい頃から僕の事を育ててくれた親が亡くなって、
グースカ寝れるほど僕の神経は図太くなかったみたいです。

 

火葬場で骨になった父親を見ても、
不思議と涙は流れませんでした。

 

というか、通夜や葬式の準備でバタバタしてて、
父親が死んだという「実感」が全然湧きませんでした。

 

自分の大事な人が亡くなった経験がある人は分かると思うんですが、
「人の死」っていうのは意外に実感が湧かないものです。

 

後から、ジワジワと湧いてくる場合がほとんどだと思います。

 

父親が亡くなった当時、僕はまだ18歳でした。

 

18歳と言えば、
普通は高校をやっと卒業したくらいの歳です。

 

でも、そんな周りの同級生達と自分を比べると、
僕の置かれた環境が「劣悪」なのは間違いありません。

 

だって、僕には頼れる家族もいなければ、
学歴や資格もないのでまともな就職先もないですし、
その日のご飯代を稼ぐのがやっとの状態でしたから。

 

ですから、両親がいて家族円満な同級生を見ていると、
「嫉妬」に近い感情を抱く事もありましたし、

「俺の人生ハードモードだな(苦笑)」

と、半ば諦め気味の人生を過ごしていました。

 

父親の死をしばらく引きずってしまい、
そんな生活をダラダラと送っていましたが、
父親が最後に言ってくれた「がんばれよ。」という言葉を思い出すと、
前向きに「がんばろう。」と思う事ができました。

 

 

しかし、学歴も資格もスキルも経験も資金も「0」、
いや、むしろ「マイナス」の僕みたいなボンクラが、
このまま肉体労働を続けても先が無いことには気づいていました。

 

大体、僕の周りの大人達は肉体労働をしながら、
パチンコに明け暮れ、キャバクラに通い詰め、
そのせいで「借金まみれ」の人達ばっかりだったんです。

 

なので、僕はそんな大人達を見ながら、

「将来、こんな風には絶対になりたくねーな。」

と強く思っていました。

 

ただその反面、

「今のままだったら、こいつらみたいな大人になるのも時間の問題。」

だという事も分かっていました。

 

だからお金の勉強を始めました。

 

「とにかくお金を稼ぎたい。」

だからまずお金の勉強を始める事にしました。

 

FP(ファイナンシャルプランナー)1級という、
お金の資格をユー●ャンで受講し、
仕事終わりにコツコツ勉強してました。

 

 

ちなみに半年以上勉強して試験結果は「不合格」でした。

 

筆記試験は合格して、
実技試験をあと数点で逃し不合格。

 

試験会場にはスーツにメガネ姿の真面目そうな人達がわんさかいて、
そのうちの8割以上が「2級の試験会場」に行く中、

ストリートファッションに身を包んだガキが突如会場に現れて、
ズカズカと1級の試験会場に向かってたので、
「あいつ会場間違えてんじゃね?」と思われたに違いありません。

 

不合格にはなりましたが、
ぶっちゃけもう1回挑戦すれば受かる自信はありました。

 

・・が、

「結局、この資格を取っても『自分でお金を稼ぐ』事には直結しない」
「だったらもう最初からビジネスや起業を学んだ方が早いんじゃ・・?」

と感じてたので再挑戦はしませんでした。

 

そんな経緯で弱冠18歳のクソガキが、
「起業」や「ビジネス」に興味を抱く事になります。

 

同時期に起業で成功したお金持ちを、
テレビで見かけた事も大きく影響しています。

 

それからというもの、
毎日毎日スマホで「起業」とか「副業」とか、
そんな事ばっかり調べまくってましたね。

 

マネーの虎という起業番組もYouTubeで見漁ってました。

 

抱き枕を抱えたオタクを見る、
ドライアイスもびっくりの吉田栄作の冷たい顔は、
今でも忘れられません。

 

 

そして、起業やビジネスを調べ続けていくうちに、
ネットを用いて稼ぐ「ネットビジネス」という存在を知り、
気付けばそこにロマンと可能性を感じるようになっていました。

 

“ネットビジネスを始めようと思いました。”

 

理由は実業に比べて初期費用が少なくてすみ、
「稼ぐため」に学歴や資格も一切関係なく、
それでいて個人でも大きな金額を稼ぎ出せるから。

 

これだけです。

 

当時の僕には「学歴が無くても成功できる」というのが、
本当に魅力的で輝いて見えましたし、
現に「そんな人でも成功している事実」を知るだけで、
自分の人生に希望が持てたんですね。

 

当時18歳の時の出来事ですが、
この時の高揚感と、

暗いトンネルに光が差し込んできた感覚は一生忘れません。

 

しかし、元はと言えば僕は中学を卒業してすぐに
現場仕事をやっていたような底辺層のボンクラです。

 

パソコンなんて持っているわけないですし、
中学1年生の技術の授業以来触った事がありませんでした。

 

ですから、まずはパソコンを買うところからスタート。

 

約3万円のタブレットパソコンを買いました。


(当時初めて購入したWN891…今思えばクソスペックの極み)

 

そして、新宿に事務所を構える謎の起業家集団の、
怪しいネットビジネスコミュニティにも参加しました。

 

参加費は32万4,000円でした。

 

「高い。」

 

普通の人ならそう思ってしまう金額かもしれません。

 

でも、当時の僕はそんな価値観よりも、
「成功したい!」という思いの方が強かったので、
「未来の自分への投資」として、
この「32万4千円」という金額を震える手で手渡しました。

 

その結果はどうなったのか?

 

この話はめちゃくちゃ面白いので、
メルマガの方で掘り下げて話してますが、
結果からいうと詐欺でした。

 

そのコミュニティに在籍する人の中で、
ネットビジネスだけで食っていけてるやつなんて、
誰一人いませんでしたし(半グレとギャルしかいなかった)、
Twitterに載せてた札束や報酬画像も全部ニセモノでした。

 

※ちなみにこの時に今はもうオワコン化している無料ブログで作成した、
「パブ郎」という謎名義のバイクブログは1円も稼げず、
広いインターネットの海にゴミをばら撒いただけの黒歴史になりました。

 

そこで気付き、学び、実践し・・そして成り上がりました。

 

そこで初めて僕は、
ネットビジネスの世界は偽物がわんさかいて、
そいつらが平気で詐欺行為を働いている事。

 

そして、

「ビジネスは真っ当な人から学ばないと絶対に稼げない事」

を確信しました。

 

※だから冒頭でも「この実績は別に信用しなくていいです」と伝えたわけです。

ネットだといくらでも嘘をつけますし、画像も捏造できます。
それを簡単に信用してしまえば、
この時の僕みたいにお金をムダにしかねないからです。

 

そこからは本当に実力があって、
信頼できる人にだけ教えを乞う事を決意。

 

広いインターネットの世界を駆け回り、
数十万単位のコンサルティングを、
立て続けに何本も受講していきました。

 

当時働いていた工場からの給料は、
殆どビジネスの勉強代に費やしたと思います。
(そうした方が早く成功できると感じたからです)

 

で、そうやってコンサルティングを通して、
「学んで実践」を繰り返していくうちに、
稼げる額も5万、10万、30万、100万・・と、
右肩上がりにグングン伸びていきました。

 

そして、このブログやメルマガを通じた発信でも、
ドカタ時代の年収を超える375万円という金額を、
1ヶ月で稼いだりできるようになり、
それが冒頭でも触れたようなライフスタイルに繋がるのです。

 

ぶっちゃけ、10代の頃はめちゃくちゃ辛かったですが、
腕っぷし1つ、力ずくの叩き上げで成り上がる事に成功しました。

 

そんな「経験」を経て今は・・

 

ビジネスの収益が安定している今では東京を離れ、
実家でばあちゃんと2人で暮らしています。

 

「ばあちゃんに楽させてあげたい。」

というのも僕がビジネスを頑張れる原動力の1つです。

 

■早川のホットアイマスクをつけて踊り狂うばあちゃんのワンシーン

 

母親も今では無事アル中を克服し、
まともに会話できるようになったし、
たまに会うとお小遣いをくれるようになりました。

(亡くなった父親は帰ってこないけど、
あれから随分成長した今、
できる事なら2人で酒でも飲んで語りたいです。)

 

そして冒頭でも触れたように、
「自分の好きな事ばっか」やって生きてます。

 

 

とまあ、このように、
中卒で家庭は借金まみれで頼れる人なんて皆無。

学歴もスキルも何も持ち合わせていなかった僕の人生は、
「ビジネスで稼ぐ事」によって豊かにする事ができたんですね。

 

「ネットビジネスなんて胡散臭い」

と感じる方もいるかもしれませんが、
ネットビジネスでお金を稼いで、
「僕という1人の人間」の人生が良い方向に進んだのは確かです。

 

普通の人よりかは波乱万丈だった僕の人生の中でも、

「ネットの普及により凡人(もしくはそれ以下)でも成功できる時代」

に生まれてきたのは本当に運が良かったと思っています。

 

そのおかげで僕は人生を変える事ができて、
「今」があるからです。

 

じゃないと、今頃の僕の人生なんて、
どうなってるか分かりませんからね(苦笑)

 

だからこそ、今ではハードな人生を歩んできた事や、
悪徳コミュニティに32万4000円騙し取られた事すら、
「いい経験だったな。」と思えるのです・・。

 

・・・ここまでは全て僕の話です。

 

もちろん、ここで話したのは僕の人生の
ごく一部で省略したところも多々あります。

 

しかし、全て僕の経験から語っている実話で、
完全なる「ノンフィクション」でここまで話してきました。

 

「ただのキャラ設定で大げさに話を作ってるんだろ?」

と思われるかもしれませんが、ハッキリ言って、
ビジネスで稼いでいく上でこんな話をする事に、
デメリットはあってもメリットはありません。

 

なぜなら、

「17歳で億を稼ぎ出したマーケティングのプロ」

みたいな天才タイプのカリスマキャラの方が、
「ビジネス」で稼いでいく上では圧倒的に有利だし、
(実際にそういったキャラを「演出」してる人も多いです。)

 

こんなド底辺の僕の話を赤裸々に語る事で、

「このページを読んでくれているあなたに嫌われてしまう可能性」

も少なからずあるからです。

 

なので基本、僕のこの生い立ちやストーリーは、
心を開いている友達や親戚などしか知りません。

 

「じゃあ、なぜそんな話をここで公開しているのか?」

と言うと、

「このページを読んでくれているあなたに何かしらの勇気を与えられれば」

と思い、ここまで語らせていただきました。

 

- あなたに「知識」と「可能性」を -

 

僕がお先真っ暗な人生を、
力ずくで塗り替える為にとった、
「ネットビジネスで起業する」という手段。

 

それが全てのキッカケで、今では、

 

・オンラインメディア(ブログ、YouTube、各種SNS)運営
・WEBマーケティングの個別コンサルティング(個人&法人)
・参加条件ありの少人数制ビジネスコミュニティ主催
・情報発信ビジネスにおける個人の総合的なプロデュース
・毎月数十万単位でWEB広告運用

 

などなどの事に関わりながら、
PC1つで稼いで楽しく生きる事ができています。

 

何よりこんな僕を信頼してくれて、
頼ってくれるクライアントさんが、
いてくれる事がありがたいです。

 

まあ、僕が変わり者なだけに僕のクライアントさんも、

 

・19歳で経験人数100人超えの出会い系プロフェッショナルの好青年

・なぜか会社に勤めたり辞めたりを繰り返し、全国に引越しまくる月収80万達成のブログコンサルタント

・婚活ガチって彼氏いない歴=年齢から3ヶ月で結婚を果たした婚活アドバイザー

・数十万単位のコンサルや教材を躊躇なくポンポン購入する、自己投資マインド激強の元数学塾経営者

・そこそこでかい会社で営業実績No.1を誇り、周りが残業している中で1人だけ趣味のテニスに明け暮れる営業術のプロ

 

みたいな変わり者ばっかりですが(笑)、
多くの方が成果報告をガンガンくれて、
一緒に学んで、稼いで、遊んで、騒いで・・
おかげさまでめちゃくちゃ楽しくやれてます。

 

 

ネットビジネスで稼ぐ事なんて、
実業(リアルビジネス)よりはるかに簡単だし、
ぶっちゃけそこまで難しい事ではありません。

 

高学歴エリートでも普通の人生を歩んできた人でもなく、
ド底辺から腕っぷし1つで成り上がった僕だからこそ、

心の底からそう「断言」する事ができます。

 

このブログやメルマガ、YouTubeなどのメディアでは、
そんな僕だからこそ発信できる、
具体的なノウハウや戦略、事例や経験などなどを、
惜しむ事なく発信しています。

 

そういった情報の数々を、
あなたが自分の知識(モノ)にしていけば、
僕と同じような結果を出し、

・毎日同じ時間に起きて同じ時間に帰る生活も 
・嫌いな上司に媚びへつらうストレスだらけの生活も
・何事も我慢ばかりで何1つ満足できない生活も
・常に貯金残高を気にしてご飯代すら節約する生活も
・お金や時間のせいで大好きな趣味に没頭できない生活も

全て卒業する事ができます。

 

そうなれば、いつどこで誰と何しようが関係ありません。

 

僕みたいに「全てが自由」なので、
そこから好きな事ばっかりやって、
自分本意の人生を楽しめば良いんです。

 

特に僕の公式メルマガの方では、

「ただの一個人が経済的成功を収めるにはどうすれば良いのか?」

を「0スタートの初心者」の方でも理解でき、
ストーリー形式の講座でビジネスを
分かりやすく学んでいく事ができますので、

 

→早川の公式メールマガジンのご案内。(無料プレゼント付き)

 

あなたが僕の発信する情報に「興味」があるのなら、
そして僕という人間に「何か」を感じられたのなら、
ぜひこの機会に上記のメルマガに登録してみてください。

 

ブログでは公開していない情報や案内が「てんこ盛り」ですので。

 

“最後に

 

さて、ここまで長々と語ってきましたが、
このブログやページであなたに1mmでも、
勇気や可能性を与えられたのであれば、
大変嬉しく思います。

 

ここまで読んでくれたあなたなら分かるでしょうが、
僕は、学歴もなければ就職に有利な資格も経験もない、
新たなビジネスを立ち上げる資金もない(むしろマイナス)、
そんな「どうしようもないただの糞ガキ」でした。

 

しかし、ネットビジネスならそんなの関係なく、

「誰でも平等に成功できるチャンスと可能性」

があるんです。

 

これは、僕自信が身をもって証明しました。

 

誰でも今現在の会社を退職できるほどの収入を得て、
自分の貴重な時間を会社ではなく「好きなもの」に費やし、
誰にも縛られない「人間らしい人生」を満喫する事は可能なんです。

 

もちろん、僕は「人生はお金が全て」だとか思ってませんし、
この世界にはお金より大事なものがたくさんあるという事も、
身を以て理解できているつもりです。

 

でも、お金があって困る事はないだろうし、
お金があれば「人生の選択肢が広がる」事も1つの事実です。

 

ですから、ぜひそのための「手段」や「術(すべ)」を、
僕のブログやメルマガで学び、
あなたの人生に活かしてほしいと思います。

 

そして、明日の事なんて一切気にせず、
一緒に遊んで騒げる仲間になれたら最高ですね。

 

では、最後になりますが、
何もなかった初心者の頃に、
僕の原動力となった言葉をあなたに贈ります。

 

“最初にあったのは夢とそして根拠のない自信だけ。
そこからすべてが始まった。”

- 孫正義

 

今でも好きな言葉です。

 

ではでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

直接的なご相談やお問い合わせも大歓迎ですので、
その際は気軽に下記からご連絡頂ければと思います。

 

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それでは!

 

 

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