最終学歴「中卒」のド底辺がパソコン1つで起業した「理由」と「経緯」。

初めまして。このブログの管理人の早川と申します。

・飲酒運転数全国1位
・暴力団増率全国1位
・発砲事件全国1位
・10代の非行者率全国1位
・最終学歴中卒率政令指定都市1位

そんな、数々の不名誉なランキングの1位を
総ナメしてしまっている福岡県出身の若造です。

僕自身、ほんの数年前までは現場仕事で
ヒーヒー言いながら働いていたんですが、
今現在は金銭的にも時間的にも「余裕」がある、
それなりに自由な生活を送っています。

実家で暮らし、起きたい時に起きて、
遊びたい時に遊び、寝たい時に寝て、仕事したい時に仕事する・・

というようなライフスタイルを現在進行形で満喫中です。

本当に「自分のやりたい事」ばっかりやっちゃってる感じです。

しかし、そんな「ニート同然」の20歳そこらのクソガキですが、
こんな僕の収入が「家族を支えている事」もまた事実です。

僕は今現在、じいちゃんとばあちゃんと3人で暮らしてるんですが、
毎月ばあちゃんに「多すぎるくらいの生活費」を渡しています。

急にお金が必要になった時は僕が率先してお金を用意します。

もちろん、自分のご飯代や携帯代なんかも全て自分で払っていますし、
自動車学校に通うのに必要だった30万円も自分で一括で払いました。

なぜなら、僕は「ニート同然」の生活をしながらも、
毎月それだけの収益を稼ぎ出しているからです。

ですからまあ、そこら辺のサラリーマンの人達よりかは、
経済的に「余裕がある」方だと思います。

ただ、こんな事を言うと、

「お前は何か危ない事や悪い事をして稼いでるんじゃないか?」

と思われてしまうかもしれません。

先の通り、僕の育った場所は結構「治安が悪い」ので、
そう思われてしまうのも無理はないと思います。

でも、実際のところ僕はそんな「犯罪」などはいっさい犯してませんし、
極めてリスクの低い方法で真っ当に稼いでいます。

じゃあ、なぜ、僕のようなただのクソガキが、
サラリーマンで必死こいて働いてる人達を尻目に、
ニート同然の生活をしながらも余裕のある生活を送れているのか?

それは僕自身が、

「インターネットを活用したビジネスで独立・起業しているから」

に他なりません。

要するに僕はインターネットを活用したビジネスを展開して、
そこから毎月収益を稼ぎ出しているわけなんですね。

■当時の個人事業開業届出書(控え)

■当時の青色申告承認申請書(控え)

この、インターネットを活用したビジネスであれば、
パソコンとネット環境さえあればどこでも仕事できますし、
「仕組み任せ」に収益を稼ぎ出す事も可能です。

だからこそ、こんな僕でもニート同然の生活を満喫しながらも、
毎月コンスタントにお金を稼いでいく事が出来ているわけです。

しかし、僕の最終学歴は「中卒」で持っている資格は「運転免許」のみ。

そんな、治安の悪い地域で育ったド底辺丸出しの小僧が、
一丁前に「ネット」を活用したビジネスで独立・起業して、
それだけで生計を立てているわけですから、笑っちゃいますよね。

「しょうもない嘘をつくなこのボンクラが!」

と、信じてくれない人もいるかもしれません。

「人生そんなに甘いわけねーだろ!」

と、疑いの目で見ている人もいるかもしれません。

でもまあ、これが事実なもんでしょうがないです。

しかし、僕には「特別な才能」があったわけでも、
「卓越したビジネスセンス」があったわけでもありません。

どう考えても「凡人以下」の何の取り柄もない人間でした。

なぜなら、ほんの数年前まで僕は、
電気と水道が止まるほど貧乏な環境の中で、
「時間」と「お金」に追われ続ける生活を送っていたからです。

じゃあ、そんな僕がなぜ、
今の経済的な自由と時間的な自由を手に入れる事ができたのか。

その具体的な「理由」と「経緯」をお伝えします。

17才の時に母親の遺書を見つけました”

ただただ衝撃の一言でした。

12才の時に両親が離婚し、自分と兄は母親の方に。

その時はまだ将来の事や自分のやりたい事など何も考えておらず、
友達と遊ぶ事しか考えていないクソガキでしたから、
高校には行かず、中学を卒業してすぐに働きだしました。

もちろん、中卒で何の資格も経験もないわけですから、
まともな会社に就職できるはずもありません。

周りが高校で学生生活を満喫している中、
当時16歳の僕は直射日光の下で汗だくになりながら、
「足場鳶」や「建築板金工」と呼ばれる仕事をやっていました。

(足場鳶の頃の僕…)

(落下すると危険な現場仕事…)

ただ、兄が全く働かずに家の金を「酒代」などで食いつぶしていくので、
生活がどんどん苦しくなっていき、
母親が僕に内緒で借金をするようになりました。

しかし、例え借金でその場限りのお金は作れても、
その借金を返す「アテ」なんかあるはずがありません。

ですから、母親はそのストレスから酒に逃げ、
しまいにはアル中になってしまい、仕事を辞めました。

“家族の中で働いているのが当時17歳の僕だけになりました。

毎日毎日、朝早くに起きて作業着に着替えている横で、
仕事をしていない母親と兄が朝っぱらから2人で酒を飲み、
酔っ払っているたびに頭がおかしくなりそうでした。

そんな生活が毎日続いていくわけですから、
僕自身もとうとう我慢できないようになり、

「そんなに飲みたいなら飲め。」

と母親の頭からビールをかけ、首をしめたこともあります。

我慢の限界がきて、家中のテレビや窓ガラスを破壊した事もあります。

僕自身、それだけ「苦しかった」んですよね。

昔は、どちらかと言えばカッチリとした母でした。

僕がしょうもない事をして警察に捕まった時も、
何回も警察署に迎えに来て叱ってくれましたし、
人一倍責任感の強い子供思いの母親でした。

しかし、そんな母親が毎日酒に入り浸った結果、
昔の母親からは想像もできないくらい
「頭がおかしく」なってしまったんですよね。

お金が無くて借金まみれなのにも関わらず、
酒を飲まないと体が震えるなどの禁断症状が出るようになり、
1日中ご飯を食べずに安酒ばっかり飲んでいるんです。

そんな生活を毎日送っている母親の身体は気付けば、

「頬と体はガリガリに痩せ細りお腹だけポッコリと膨れ出る栄養失調の体型」

になってしまっていましたし、
末期の頃には夜な夜なベランダから家を抜け出して、
警察に不審者扱いされて帰ってきたりする事もありました。

その頃の母親はもう、普段の会話も噛み合わず、
同じ事を何回も繰り返す「痴呆症」のような症状さえ出ていて、
そこに昔の母親の姿はありませんでした。

そしてある日僕がリビングのこたつでくつろいでいると、
たまたまリビングのテーブルの上に置いてあった、
漫画と漫画の間に挟まっていた1枚のメモ用紙が目に入りました。

なんとなく目を通してみると・・・

母親の遺書でした。

その遺書に書かれてあったのは、

「僕達兄弟1人1人に向けられたメッセージ」

のようなもの。

僕の名前の下には、

「迷惑ばっかりかけてごめんね。」

と書かれていました。

その遺書を目にした途端もう何もかもが嫌になり、
とにかくこの家に居たくないと思いました。

そしてちょうどその頃、家の電気と水道が止まってしまい、
いよいよどうしようもなくなったので、
中学の時に離婚した父親の家に転がり込みました。

その時も母と兄は相変わらず「酒浸り」の生活を送り、
僕の辛い気持ちなんて理解してくれてなかったと思います。

おそらく、その電気代や水道代もまた「借金」をして払ったんでしょう。

その転がり込んだ先の家で
じいちゃんとばあちゃんと父親は良くしてくれましたが、
あまり長い間迷惑はかけられないと思い、
1人で東京に行こうと決意しました。

しかし、なぜ東京に行こうと思ったのか?

それは、東京には経済的な成功を収めている人が多く、

「こんな僕でも東京に行けば何かキッカケを掴めるかもしれない」

と思ったからです(子供の考えです)。

この時に飛行機にすら1度も乗った事のないようなクソガキが、
「人生を変えるキッカケ」を求めて東京へ旅立つ事を決意したのです。

そして、東京での就職先が決まって東京へと旅立つ前日の夜に、
酔っ払った父親が急に部屋に入ってきて、

「がんばれよ。」

といって2万円くれたのが妙に嬉しかったのを覚えています。

今思えば、不器用な父親なりに、
酒の勢いで絞り出した言葉だったのだと思います。

そしていよいよ、その次の日に、飛行機で東京に旅立ちました。

東京ではトラックを作る工場で働きました。

仕事はめちゃくちゃハードでしたが、
給料がそこそこ良かったので頑張ろうと思えました。

しかし・・・

一ヶ月も経たないうちに父親が亡くなったと電話がありました

工場での夜勤終わりの朝方、布団の中でその電話を受け取りました。

眠気まなこで電話に出ると、

「あんた、○○(父親の名前)が今日亡くなったよ!!」

と大きな声で親戚のおばちゃんに言われ、
その時とっさに出た僕の最初の一言は「・・なんで?」でした。

「良いから今から出来るだけ早く帰っておいで!」

と言われ、そのままバタバタ身支度をして新幹線で帰りました。

夜勤明けでまともに寝てないにも関わらず、
東京から福岡に着くまでの約5時間、
一睡もできなかった事を覚えています。

小さい頃から僕の事を育ててくれた親が亡くなって、
グースカ寝れるほど僕の神経は図太くなかったみたいです。

そして、そのまま実家に帰って通夜や葬式の準備に追われました。

火葬場で骨になった父親を見ても、不思議と涙は流れませんでした。

というか、通夜や葬式の準備でバタバタしてて、
父親が死んだという「実感」が全然湧きませんでした。

自分の大事な人が亡くなった経験がある人は分かると思うんですが、
「人の死」っていうのは意外に実感が湧かないものです。

後から、ジワジワと湧いてくる場合がほとんどだと思います。

父親が亡くなった当初、僕はまだ18歳でした。

18歳と言えば、周りの同級生達が高校をやっと卒業したくらいの歳です。

でも、そんな周りの同級生達と自分を比べると、
僕の置かれた環境が「劣悪」なのは間違いありません。

だって、僕には頼れる家族もいなければ、
学歴や資格もないのでまともな就職先もないですし、
その日のご飯代を稼ぐのがやっとの状態でしたから。

ですから、両親がいて家族円満な同級生を見ていると、
「嫉妬」に近い感情を抱く事もありましたし、

「俺の人生ハードモードだな(苦笑)」

と、半ば諦め気味の人生を過ごしていました。

父親の死をしばらく引きずってしまい、
そんな生活をダラダラと送っていましたが、
父親が最後に言ってくれた「がんばれよ。」という言葉を思い出すと、
前向きに「がんばろう。」と思う事ができました。

しかし、学歴も資格もスキルも経験も資金も「0」、
いや、むしろ「マイナス」の僕みたいなボンクラが、
このまま肉体労働を続けても先が無いことには気づいていました。

大体、僕の周りの大人達は肉体労働をしながら、
パチンコに明け暮れ、キャバクラに通い詰め、
そのせいで「借金まみれ」の人達ばっかりだったんです。

ですから、僕はそんな大人達を見ながら、

「将来、こんな風には絶対になりたくない。」

と強く思っていました。

ただ、その反面、

「今のままだったらこの人達みたいな大人になるのも時間の問題。」

だという事も分かっていました。

そして、そんなこんなで弱冠18歳のクソガキが、
「起業」や「ビジネス」に興味を抱く事になります。

理由は、何気なく見ていたテレビで、

「年齢や学歴など関係なくビジネスで稼いでいる人達」

の存在を知ったからです。

その番組の名前は忘れてしまったんですが、その番組には、

・僕より1つ歳上の人が会社を経営して稼いでいたり、
・数年前まで回転寿司屋で働いてた人が起業して年収2億になったり、
・「借金まみれ」の状態からビジネスで成功して人生を変えたり、

という事を実際にやってのけた人達が出てたんですね。

で、その人達も元々は凡人、
もしくは「それ以下」の人生を送ってきたとの事で、
必然的に僕も「起業」や「ビジネス」に興味を抱くようになりました。

ですから、それからというもの、
毎日毎日、スマホで「起業」とか「副業」とか、
そんな事ばっかり調べまくってましたね。

そして、そんな事を調べ続けていくうちに、
ネットを用いて稼ぐ「ネットビジネス」という存在を知り、
そこにロマンと可能性を感じるようになっていました。

“ネットビジネスを始めようと思いました。”

理由は実業に比べて初期費用が少なくてすみ、
「稼ぐため」に学歴や資格も一切関係なく、
それでいて個人でも大きな金額を稼ぎ出せる可能性が高いから。

これだけです。

当時の僕には「学歴が無くても成功できる」というのが、
本当に魅力的で輝いて見えましたし、
現に「そんな人でも成功している事実」を知るだけで、
自分の人生に希望が持てたんですね。

しかし、元はと言えば僕は中学を卒業してすぐに
現場仕事をやっていたような底辺層のボンクラですから、
パソコンなんて持っているわけないですし、
中学1年生の技術の授業以来触った事がありませんでした。

ですから、まずはパソコンを買うところから始めました。

約3万円のタブレットパソコンを買いました。

(初めて購入したWN891…)

このパソコンを購入した目的は、
「ネットビジネスを実践するため」に他なりません。

そして、新宿に事務所を構える謎の起業家集団の、
怪しいネットビジネスコミュニティにも参加しました。

この起業家集団達はTwitterで札束の写真とか、
ちょっと高級そうなレストランで食事している写真とか、
ネットで稼いだ報酬画像とかをこれみよがしにTwitterに載せていました。

その人達は他にも、

「あなたもこんな生活を送りたければ連絡をください!」

みたいな感じのツイートをしていて、
興味を抱いた僕はその集団の1人にメッセージを送ったんですね。

で、

「どんな仕事をされてるんですか?」

と僕が送ったところ、

「数々の起業家を輩出するために活動してます!」

みたいな返信が来て何回かやり取りしていくうちに会って話す事になりました。

そして、渋谷の道玄坂のファミマの前で待ち合わせをして、
その人達のオフィスに案内してもらって話を聞いていくと、
最終的にそのネットビジネスコミュニティの売り込みをされます。

参加費は324,000円でした

「高い。」

もし、この値段を聞いてあなたがそう思うのであれば、
あなたの金銭感覚や価値観は「正常」だと思います。

しかし、当時の僕にはそんな正常な価値観よりも、
「成功したい!」という思いの方が強かったので、
この「32万4千円」という金額を震える手で手渡しました。

そのネットビジネスコミュニティの連中も、
少し怪しい雰囲気はしてたんですが、
ネットで稼いだ報酬画像なんかもSNSであげてたので、
信用してしまいました。

結果からいうと詐欺でした。

そのコミュニティに参加して学べる内容は、
簡単な無在庫転売(ドロップシッピング)の方法と、
再現性のないアフィリエイトのノウハウを教えてくれるだけ。

それだけで食っていけてるやつなんて誰一人いませんでしたし、
Twitterに載せていた札束や報酬画像も全てニセモノでした。

そして、何よりサポート体制がびっくりするぐらいクソでした。

・何か質問をしても無視されたり、
・的外れな回答が返ってきたり、
・塾生の1人も結果を出せてなかったり、

と、本当に「詐欺レベル」のサポート内容だったんですね。

例えば、

「ここのこの部分が分からないんですけど・・・」

と質問しても、

「マニュアルに書いてあるからそれ読んで。」

みたいな感じの事も多々ありましたし、
そのマニュアル自体もぺらぺらで学べるノウハウも再現性皆無でした。

そこで初めて、

「ビジネスは真っ当な人から学ばないと稼げない」

と確信し、僕はそこから本当に実力があって、
信用できる人だけに教えを乞う事にしました。 

数十万単位のコンサルティングを何本も受講していきました。

当時働いていた工場からの給料は、
殆どビジネスに費やしたと思います。

もちろん、僕はその前に1度痛い目にあっているわけですから、
コンサルやサポートを受ける際はしっかりと聞きたい事を全て聞き、
「この人なら信用できるな。」と判断した上でお金を払いました。

そして、そうやってビジネスを学んで実践していくうちに、
僕の報酬もグングン伸びていったんですね。

というのも、先ほどのようなエセ起業家ではなく、
「本当に稼いでる人」から直接サポートしてもらう事で、

「自分がなぜ稼げなくて、何を改善していけばいいのか?」

が明確なり、

「正しい方法で正しいスキルを身につけ正しく実践する」

事が可能になったからです。

やっぱり「正しい方法や考え方を学ぶ事」ってめちゃくちゃ大事です。

これはスポーツにしろビジネスにしろ何にしろ同じ。

間違った方法を実践し続けても「結果がでるはずがない」んです。

例えば、間違ったボールの蹴り方を教わって、
その蹴り方を毎日練習していたとしても、
狙った場所にボールを蹴る事はできません。

間違ったバットの振り方を教わって、
その振り方を毎日練習していたとしても、
ホームランを打つ事はできません。

ビジネスもそれと同じで、
間違った方法を教わってその方法を実践し続けても、
いつまで経っても結果が出る事は無いんですね。

だからこそ、

「誰から何をどうやって学んでいくのか。」

っていうのは稼いでいく上で重要になってくるわけですし、
それを僕は自分自身の経験から学んだわけです。

しかもことネットビジネス業界においては、
「嘘つき」がたくさんいます。

先ほどの起業家集団達が、
捏造した報酬画像をTwitterに載せていたのと同じように、
捏造した報酬画像を自慢げに掲げて、
「稼いでますアピール」をしてる奴ってめちゃくちゃ多いんです。

そして、多くの人はそんな「嘘つき」に騙され、
そんな「嘘つき」から学んでいるから結果が出ないんですね。

稼いだ事もない人から「稼ぎ方」を教わっても、
稼げるようにならないのは「当たり前」です。

そんなの「童貞のSEX講座」と何ら変わりません。

でも、「自分だけが稼げればいい」っていう考えの人は、
そういった嘘を平気でつきますから、

「誰から学ぶのか?」

はしっかりと見極めなければいけません。

だからこそ、

「正しい人から正しい方法を学ぶ。」

っていうのは稼いでいく上で非常に重要な要素になるわけです。

そしてそういった経験を経て、

「正しい人から正しい方法を学んだ事がキッカケ」

で僕自身も今ではこの様なブログを立ち上げ、
情報を発信し、コンサル生まで抱えるようになりました。

少し前まで肉体労働でヒーヒー言ってた中卒の小僧が、
今では一丁前に「コンサルタント」としても活動し、
年上のクライアントさん達に「先生」とか言われてるわけです(苦笑)

ビジネスの収益が安定している今では東京を離れ、
父親の方の家でじいちゃんとばあちゃんと暮らしています。

毎月じいちゃんとばあちゃんには「父親への恩返し」もかねて
「多すぎるくらいの生活費」を渡してあげられるようにもなりました。

母親はアル中を治すため、病院に入りました。
2017年4月追記:母親も、今では無事アル中を克服しました。

とまあ、このように中卒で家庭は借金まみれで頼れる人なんて皆無、
学歴もスキルも何も持ち合わせていなかった僕の人生は、
「ビジネスで稼ぐ事」によって豊かにする事ができたんですね。

「ネットビジネスなんて胡散臭い」

と感じる方もいるかもしれませんが、
ネットビジネスでお金を稼いで、
「僕という1人の人間」の人生が良い方向に進んだのは確かです。

ここまで解説してきた通り、確かに僕は、
周りの人達と比べたら「ハード」な人生を送ってきました。

同い年の人たちが親にお金を出してもらって、
高校や大学に進みキャンパスライフを送っている中、
僕は底辺でもがき苦しんでいました。

それは、ここまで解説してきた通りです。

でも、そのような経験をしてきたからこそ、
「今の僕」がある事は間違いありません。

こんな悪い事だらけだった僕の人生の中でも、

「ネットの普及により凡人(もしくはそれ以下)でも成功できる時代」

に生まれてきたのは本当に運が良かったと思っています。

なぜなら、僕はそのおかげで人生を変える事ができたからです。

じゃないと、今の僕の人生どうなってるか分かりませんからね(苦笑)

そして、今ではそんなハードな人生を歩んできた事や、
悪徳コミュニティに32万4000円騙し取られた事すら、
「いい経験だったな。」と思えるのです。

・・・ここまでは全て僕の話です。

もちろん、ここで話したのは僕の人生の
ごく一部で省略したところも多々あります。

しかし、全て僕の経験から語っている実話で、
完全なる「ノンフィクション」でここまで話してきました。

「ただのキャラ設定で大げさに話を作ってるんだろ?」

と思われるかもしれませんが、ハッキリ言って、
ビジネスで稼いでいく上でこんな話をする事に、
デメリットはあってもメリットはありません。

なぜなら、

「17歳で億を稼ぎ出したマーケティングのプロ」

みたいな天才タイプのカリスマキャラの方が、
「ビジネス」で稼いでいく上では圧倒的に有利だし、
(実際にそういったキャラを「演出」してる人も多いです。)

こんなド底辺の僕の話を赤裸々に語る事で、

「このページを読んでくれているあなたに嫌われてしまう可能性」

も少なからずあるからです。

ですから、正直言ってこの話は心を開いている友達や親戚などしか知りません。

「じゃあ、なぜそんな話をここで公開しているのか?」

と言うと、

「このページを読んでくれているあなたに何かしらの勇気を与えられれば」

と思い語らせていただきました。

おそらく、このページを読んでくれているという事は、

・これからネットビジネスに取り組んでいこうか迷っている(興味がある)
・今現在、ネットビジネスで結果が出せなくて悩んでいる
・自分の人生や現状を変える方法はないかと模索している

ような状態だと思います。

だからこそ、僕自身の人生を踏まえたここまでの話で、

「こんなヤツでも稼げるんだから自分でも…!」

という勇気さえ感じてくれればそれで良いんです。

“僕のような人間でも「0スタート」から稼いでいく事ができる”

という「事実」に意味があるのです。

そうすれば多くの人に色んな影響を与えられ、

「自分らしい良い人生」

を送れる人が少しでも増えてくれると思うからです。

ネットビジネスで稼ぐ事なんて、
ぶっちゃけそこまで難しい事ではありません。

こんな僕でもできたんだから誰だってできるでしょ、って感じです。

だって、僕が初めてネットビジネスを実践した時なんかは、
「ローマ字すらあやふや」な状態で安いパソコンを購入して、
人差し指を器用に使ってカチカチとキーボードを叩いてるような、

「とてもじゃないけどこんなヤツがネットビジネスで稼げるとは思えない」

ようなレベルからスタートしているわけですからね(笑)

我ながら本当に「低スペック」だったと思います。

僕はこのブログやメールマガジンの方で、

「自分自身の経験を踏まえた稼ぐ上で重要な考え方やノウハウ」

をメインに発信しています。

そういった情報の数々をあなたが自分の知識(モノ)にしていけば、
僕と同じような結果を出し、

・毎日同じ時間に起きて同じ時間に帰る生活も 
・嫌いな上司に媚びへつらうストレスだらけの生活も
・何事も我慢ばかりで何1つ満足できない生活も
・常に貯金残高を気にしてご飯代すら節約する生活も
・お金や時間のせいで大好きな趣味に没頭できない生活も

全て卒業する事ができます。

そうなれば、いつどこで誰と何しようが関係ありません。

「全てが自由」です。

特に僕の公式メールマガジン企画の方では、

「ただの一個人が経済的成功を収めるにはどうすれば良いのか?」

を「0スタートの初心者」の方でも理解でき、
ステップバイステップでビジネスを学んでいく事ができます。

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ですので、あなたが僕の発信する情報に「興味」があるのなら、
ぜひこの機会に上記のメルマガ企画に登録してみてください。

ブログでは公開していない情報や案内が「てんこ盛り」ですので。

“最後に

さて、ここまで長々と偉そうに語ってきましたが、
このブログやこのページであなたの考え方が
1mmでも変わってくれたら大変嬉しく思います。

ここまで読んでくれたあなたなら分かるでしょうが、
僕は、学歴もなければ就職に有利な資格も経験もない、
新たなビジネスを立ち上げる資金もない(むしろマイナス)、
そんな「どうしようもないただの糞ガキ」でした。

しかし、ネットビジネスならそんなの関係なく、

「誰でも平等に成功できるチャンス」

があるんです。

これは、僕自信が身をもって証明しました。

誰でも今現在の会社を退職できるほどの収入を得て、
自分の貴重な時間を会社ではなく「好きなもの」に費やし、
誰にも縛られない「人間らしい人生」を満喫する事は可能なんです。

もちろん、僕は「人生はお金が全て」だとか思ってませんし、
この世界にはお金より大事なものがたくさんあるという事も、
身を以て理解できているつもりです。

でも、お金があって困る事はないだろうし、
お金があれば「人生の選択肢が広がる」事も1つの事実です。

少なくとも、「生計を立てていけるレベル」の収益を、
毎月あなた自身の力で稼ぎ出せるようになってしまえば、
会社に雇われてサラリーマンをやっていた頃よりは、

「幸せだ」

と言える人が今の日本には多いと思います。

「あなたが、よりあなたらしい人生を謳歌する事」

これが僕の情報発信の「根源」にあるものです。

ですから、ぜひそのための「手段」や「術」を、
僕のブログやメルマガで学び、
あなたの人生に活かしてほしいと思います。

では、最後になりますが、
何もなかった初心者の頃に僕の原動力となった言葉をあなたに贈ります。

“最初にあったのは夢とそして根拠のない自信だけ。
そこからすべてが始まった。”

– 孫正義

今でも好きな言葉です。

では、最後まで読んでいただきありがとうございました。

直接的なご相談やお問い合わせも大歓迎ですので、
その際は気軽に下記からご連絡頂ければと思います。

→お問い合わせや相談は気軽にこちらから。

それでは!

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